静岡県立大学 食品栄養科学部 栄養化学研究室

LABORATORY OF NUTRITIONAL BIOCHEMISTRY,
SCHOOL OF FOOD AND NUTRITIONAL SCIENCES,
UNIVERSITY OF SHIZUOKA

研 究

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絶食時のグリセロール由来糖新生に及ぼす影響

グルコースは重要なエネルギー源の一つである。摂食時、グルコースは食事由来の炭水化物から得ることが可能である。一方、絶食時のように外部からのエネルギー供給が遮断されている状態では肝臓で蓄えられているグリコーゲン、および他臓器由来の糖原性前駆体を用いる必要がある。糖新生に利用できる前駆体には脂肪組織由来のグリセロール、筋タンパク質由来の糖原性アミノ酸が存在する。しかし、どちらの糖原性前駆体が糖新生において重要であるかはこれまでの研究からも明らかにはなっていない。近年、2型糖尿病治療薬の1つであるメトホルミンの高血糖抑制作用が報告され、メトホルミンが肝臓においてGlycerol-3-phosphate dehydrogenase (GPD) 2を阻害することでグリセロールからの糖新生を抑制し、効果を発揮していることが分かった。このことからグリセロールが糖新生の基質として血糖維持に大きな影響を与えている可能性が示唆された。そこで本研究ではGPD2とともにグリセロール代謝に関与している酵素GPD1に着目し、GPD1自然欠損マウス(BALBc/HeAマウス)を用いて、糖新生におけるGPD1の役割およびグリセロールの糖新生基質としての重要性を検討した。その結果、BALBc/HeAマウスではグリセロールからの糖新生が抑制されていることが明らかになった。しかし、絶食開始から1~4時間時点の血糖値は予想に反して、対照マウスよりBALBc/HeAマウスで有意に高値を示した。このとき肝臓のアミノ酸転移酵素であるAlanine amino transferase (ALT)のmRNA発現量および酵素活性はBALBc/HeAマウスで有意に高値を示した。アラニントレランステストにおける投与30分後の血糖値はHeAマウスで有意に高値を示した。BALBc/HeAマウスで骨格筋のタンパク質合成量の低下と血中アラニン濃度の増加が認められたことから、GPD1の欠損は代償性のアラニン利用の増加により、糖原性アミノ酸を利用した血糖維持が促進している可能性が示唆された(Metabolism 2016)。

Glycerol-3-phosphate dehydrogenase 1が運動持久力に及ぼす影響

短距離走のような高強度運動において、ATP産生は解糖系による嫌気的代謝に依存する。解糖系ではNAD⁺を補酵素として利用する代謝反応が存在する。NAD⁺の供給にはいくつかのシャトルが関与し、その一つにグリセロールリン酸シャトルがある。これまでに、グリセロールリン酸シャトルに関わる酵素であるglycerol-3-phosphate dehydrogenase (GPD)1を欠損させたマウスに運動をさせると、解糖中間代謝産物が蓄積し、さらに筋肉でのATP量が低下することが明らかにされている。この結果からGPD1欠損によるグリセロールリン酸シャトルの阻害は解糖系およびATP産生に異常を引き起こし、運動機能を低下させる可能性がある。今回の実験では、GPD1の運動能力への影響を明らかにし、運動時のATP産生におけるグリセロールリン酸シャトルの寄与を推察することを目的とした。GPD1の自然欠損モデルであるBALBc/HeAマウス(HeAマウス)に運動漸進負荷試験を行い、運動持久力を調べた(図1)。同時に運動時の酸素消費量と二酸化炭素排泄量を測定・分析した。コントロール群にはBALBc/Byマウス(Byマウス)を用いた。運動持久力および最大酸素摂取量はByマウスに比し、HeAマウスで向上しており、運動時の脂質酸化量はHeAマウスで有意に高かった。一方、運動時の糖質酸化量は、Byマウスで有意に高かった。以上の結果より、GPD1の欠損は運動時の脂質酸化量を増加させて運動持久力を向上させることが明らかになった。また、GPD1欠損による糖質代謝異常は、骨格筋の脂質利用率を向上させるような適応反応を引き起こしている可能性が示唆された(Biochem. Biophys. Res. Commun. 2015)。

アルコール誘導性脂肪肝におけるglycerol-3-phosphate dehydrogenase 1の役割

アルコール性脂肪肝は肝硬変や肝癌へ進展する可能性があるため、アルコール性脂肪肝の抑制はその後の重篤な疾患発症を防ぐ上で重要となる。これまで飲酒は脂肪酸酸化の抑制や脂肪酸生合成促進により、肝臓への脂肪蓄積を促進すると報告されてきた。一方、アルコール摂取によって肝臓に蓄積する脂肪は中性脂肪であり、中性脂肪が合成されるためには脂肪酸-CoAの他にグリセロール 3-リン酸が必要になる(上図:中性脂肪の合成)。肝臓でのグリセロール3-リン酸の供給系はグリセロールがglycerol kinase (GYK) によってリン酸化されて生成する経路と、解糖系の中間体であるジヒドロキシアセトンリン酸からglycerol-3-phosphate dehydrogenase 1 (GPD1)によって生成する経路の二種類がある(中図:グリセロール3-リン酸の供給経路)。今回の実験では、アルコール誘導性脂肪肝においてどのグリセロール3-リン酸供給系が重要なのか明らかにする事を目的に検討を行った。その結果、アルコール投与は肝臓でのGPD1発現量を増加させること、グルコースから中性脂肪のグリセロール骨格の供給が促進されることがわかった。また、GPD1自然欠損マウスであるBALB/cHeAマウスでは、アルコール摂取による肝臓での中性脂肪の蓄積が認められず、一方で血中の遊離脂肪酸濃度の増加が認められた。今回の結果より、グルコースからグリセロール3-リン酸、そして中性脂肪のグリセロール骨格への代謝がアルコール摂取により促進されていることが示唆された。またアルコール投与後の血中グリセロール濃度に変化がなかったことから、アルコール摂取による中性脂肪合成では脂肪組織由来のグリセロールの貢献度は低いと考えられた。GPD1欠損モデルにおいてアルコール摂取による肝臓中性脂肪の蓄積が見られなかったこと、血中遊離脂肪酸濃度が増加したことから、GPD1がアルコール摂取時にグリセロール骨格の供給増大をもたらし、中性脂肪蓄積に深く関与していると示唆された(下図)(Biochem. Biophys. Res. Commun. 2014)。

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